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雪マガ編集部の選択

 
 雪マガ編集部の選択


 雪マガ0号は前中村編集長の無謀とも思える持ち込み企画をプログラムと合本する方法を提案した、当時の事務局、庵さんのアプローチで実現した。それで終わる可能性も大きかったのが、翌年、スポンサー広告を集め印刷費を工面した柴ちゃんと制作を申し出た自分の無謀なこころみとで、走り出したら、止まらなくなってしまった。雪合戦のために!が合言葉。それは、その反響があまりにも大きかったからにほかならない。反響と言っても、それは数じゃなく、どちらかと言うと少数精鋭的な雪合戦人の想いの部分だった。

 継続の支援をしてくれた庵さんと、中村編集長と自分の三人は、毎号完成したあと、次号もやるのかを確認しあった。もちろん、編集デザイナーの嫁さんも含めると4人である。根本的には、発行元である庵さんは、どちらかが辞めると言ったらそれで終わって良いと。それが毎回の確認の繰り返しだった。
 あれから10年を超え、6号を終えたところで、中村編集長は雪マガも、雪合戦からも離れてしまった。あんなに熱かった想いが急変した理由は、もう少ししたらマガジンに書いてみようと思う。

 毎回の確認であったけど、柱である中村計が抜けたら・・・終わり、というところで自分が継続すると発言してしまった。自虐的には、雪マガ1号の時から、毎年、正月気分も味わえない年末年始が続き、シーズン前に間に合わせる、その過酷な繰り返しの中で、マガジンの掲載ページは毎号増えていった。
 中村編集長との6年で、自分の居場所が変わった気がした。もちろん既に十何年、雪合戦の事務局を引き受けていたし、勤め人も辞めて、ライフワーク的な憧れだったのかも知れないが、現実的な収入も含めて無謀な選択には変わりない。

 デザインと文章は全く異なるもので、デザインでは見出し文字とビジュアルがあれば、それなりに良いものを作る事はプロであればそれなりに、である。でも、文書は見た目ではなく、あくまで中身、内容だ。あんな文章は書けないし、最小限のメンバーでやって、それぞれの役割分担でなんとか出来たのが雪マガである。
 「なんとかなるでしょう、」というよりは、継続しなければならないという気持ちが大きかったのはやはり、一行足らずのチーム名の掲載だけで、お礼を言われた時の重さだった。

 そんなこんなで、継続を決め4年目。中村編集長との6年まではあと2年、そこまでは生きていれば、意地でも行けそうな気がするけど いつまでも、2人きりの編集部が続くわけじゃ無いことは確実な事。
 さて、どうするかの選択は、面倒なので先送りに。継続していくことは雪合戦同様、引き継いで行かなければならない事なのかもしれないけど、こんな環境を引き継いでくださいとは、とても現実的じゃない。
 終わりが来たら、その時はその時。雪合戦のために、一糸乱れず初志貫徹、と行きたいところ。


明日は、ガトキンコート & ガトキンプレハブ審判講習。



また明日、です。









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by yukimaga | 2017-01-20 21:28 | 雪マガだより。 | Comments(0)